Carta de Beaver

ヒッポファミリークラブ武蔵境の活動を中心に、日々の生活を綴ります

繋がる

Hola!

Mexicoの独立記念日día de la Independenciaパーティーに参加しました。

2週間前にMexico の合宿congresoにさんかしたのがきっかけで、招待されました。

合宿は、例年は、Mexico交流プログラムがあり、その中で合宿に参加するというものですが、今年は交流自体が中止になって、合宿も無くなり、と思っていたところ、

なんと合宿もオンライン開催となり、そのおかげで、日本にいながらにして、参加することができました。

3日間、1日3時間の合宿でした。

日本🇯🇵から、Mexico🇲🇽から、アメリカ🇺🇸から、カナダ🇨🇦から、韓国🇰🇷から、総勢600名もの人が参加した合宿でした。

高校留学やインターンで日本に来た人も多く、韓国やロシアへもインターンや高校留学で行った人もいて、スペイン語、英語、日本語、韓国語、ロシア語、etc.を使っての進行は、心地よく感じられました。

 

そして、今回の独立記念日パーティー🥳

Mexicoの高校留学から帰ってきた子から、Mexico🇲🇽の人にとってとても大事な日でイベントにも参加した、という話を聞いていたので、ワクワクしながら参加しました。

メキシコシティ、グワダラハラ、チワワetc. いろいろな場所から、様子を中継してくれたのですが、それぞれ家族が集まったり、ご馳走並べたり、飾り付けしたり、実際に見ることができました。メヒコの民族衣装も着ていました。

勿論、ヒッポのメンバー達なので、一緒に踊ったり、ことばを歌ったりも。

そして、生演奏してくれる家族もいて、その生演奏に合わせて、歌ったり、踊ったり、

楽しいひとときでした。

オンラインで世界中の人と繋がれる❣️

ついこの間の合宿で出会った人達にまた再会できたのも嬉しいことでした。

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夏に思う

プリビエ!

今年の夏は、暑さだけが、いつもの夏と同じだけれど、様々なことが、いつもの夏と違っています。いつもの夏ってどうだったんだろう?と考える間もなく、巻き込まれて過ぎていく気がします。

 

いつもの夏、例年なら、海にいっぱい行っていたり、お祭りを楽しんでいたり、、、

そして、ヒッポでも、多くの子供達が、ドキドキしながら交流に出かけ、送り出す親もドキドキしながら送り出し、今はホームステイ真っ最中です。そして、たくましくなった姿で、たくさんの体験を身体にまとって帰ってきます。1人で、知らない国で、初めて出会う家族に飛び込んでいって、可愛がられて、目に見える成長をしてきます。

これは、毎年毎年、どの子にも繰り返し起こることです。

 

今年は、この状況下、全ての交流プログラムが中止になってしまいました。

 

そんな時に、ファミリー(ヒッポのみんなで集まる場)で、本を紹介してくれた人がいました。「十五の夏」佐藤優 著 です。

15歳の少年が、ソ連、東欧を旅する話です。

15歳というと、ヒッポでも、ちょうど青少年たちが、交流や高校留学に行く年代なので、面白そうだなと読み始めたら、一気に読んでしまいました。

この時代、1975年頃、15歳の少年が1人で旅をすること、ソ連、東欧へ行ったこと、にまず驚きました。そして、全て1人でその場で起こったことに自分だけで判断して、進んでいく力にも驚きました。

ヒッポの交流は、ホームステイの中で、心を開いて挑戦していくのですが、やはり守られているのを感じます。

 

優少年は、好奇心旺盛で、その結果、現地の人と触れ合えたり、その国の普通の生活を味わえたり、実体験としてそれぞれの国を感じたりしています。

 

私は、行ったことのある国、ロシア🇷🇺を旅している中に、知っている食べ物や、ことばが出てくると、ロシアの風景が蘇ってきます。味や匂い、空気感が、ふっと寄ってきます。

この本の中に、日本では、「好きなことをして食べていくことはできないですよね。」と尋ねた時に、「本当に好きなことをして食べていけない人を一度もみたことがありません。ただし、それは本当に好きなことでなくてはダメで、中途半端に好きなことではダメです。」と答えてくれた先生がいて、こういう先生との出会いが、人を導いていくんだなと感じました。

 

今年も交流に出かけて、いろんな体験をさせてあげたかったな、と思いました。

未来に夢を託しましょう。f:id:verano-natsu-sea:20200807002534j:image

想像力&創造力

xin chào!

私達が生きている、生活している時に、常に「そうぞう」しています。

イメージを思い浮かべながら、「想像」していると同時に、「創造」もしています。

想像してみて、でも時々あれ?違ったかな?ということもあります。

 

私がずっと気になっていたお店がありました。いつも車🚗で通り過ぎる時に目に入るcafeで、

"Ngan cafe"という名前なので、

多分ベトナム🇻🇳のcafeだろうな、と想像していました。

たまたま自転車🚴‍♀️で出かけた時、そうだ!あのcafeに行ってみよう!と思い立ち、行ってみました。

そうしたら、なんと、普通のcafeみたいです。やってなかったので、入ることはできなかったのですが、、、

 

私は名前を見た瞬間、ベトナム🇻🇳!と思ったのは、ベトナム語の中にnから始まることばがいろいろあるから、そう思ったのだと思います。

日本語には、nから始まることばはありません。しりとりでも、んがつくと、ダメ👎です。日本語だけの世界にいた時には、思いもよらなかったのですが、nから始まることばは世界にはいろいろありますね。

 

つい先日、ベトナム語のnから始まることばについて、聞いたことがあったばかりです。

nから始まることばは、日本人にとっては、言いにくいらしく、Mさんが、n抜きで言っても通じないし、んと発音しても通じなかったそうです。でもそこでいろいろ実験しながら見つけたことは、nの口をして音は出さずに発音すると、通じた!ということです。nから始まることばは、私達は慣れてないので、自分の口を使って、実験してみて、体感するのがコツかなと思います。

 

他の国でも、例えばスワヒリ語の中にも、nから始まることばがあります。

私の耳には、「ミワーコ」と聞こえる音があります。私の名前がミワコなので、そう聞こえます。でも、もしかしたら、nワーコなのかな?と最近想像しています。

何故かというと、他にも「ミズーリ」と聞こえる音もあるのですが、Gくんが、アメリカ🇺🇸のミズーリ州に行ってきたので、ミズーリと言ったら、ミズーリでなく、nズーリらしい、という話を以前聞いたので、たぶんミワーコも、nワーコじゃないかな?と想像しています。

n始まりのことば、まだ謎に包まれています。f:id:verano-natsu-sea:20200804133646j:image

教わらない、自分で見つける

Guten Abend!

ヒッポでは、「ことばと人間を自然科学する」ということをやっています。

ことばの自然習得、という、赤ちゃんが産まれて、いつのまにか、周りで話されていることばを話せるようになっていく、というプロセスを、大人の私達も、多言語の中で体験していきます。誰かに教えてもらうのでなく、自ら見つけていきます。この見つけていく、というのがポイントで、楽しくてワクワクするし、自分の体の中にストンと落ちる感じです。

 

そーいえば、最近思い出したことがあります。

私が小学校5、6年生の時のN先生が、とてもユニークな先生でした。今思うと、すごいなと思うのですが、楽しい思い出がいろいろあります。

例えば、

「今日はお天気がいいから、屋上で給食を食べよう!」と、みんなで給食をトレイごと屋上に運んで、好きなところに座って食べたり、

「今日は、秋を見に、小金井公園に行こう!」と、小金井公園まで歩いて秋を感じに行ったり、することがありました。

そーいえば、「宿題の無い夏休み」ということで、TVに出たこともあります。

そして、勉強に関しても、社会では、テーマだけ与えられて、白い紙に、自由に書いていく、という授業がありました。歴史でいえば、「鎌倉時代」とか、「安土桃山時代」とか、

公民でいえば、「憲法」とか、「国会」とか。

そのテーマに沿って、自分が勉強したり、見つけたりしたことを自由に書いていきました。1枚でもいいし、何枚書いてもいいので、書きたいことを書きたいだけ書きました。そして、時間も、その時間内に終わらなければ、何時間でも残って書くこともできました。

但し、その場では、何かを見ながら書くということはなく、自分の中にあることだけを書いていきました。

その授業はとても楽しくて、私は、テーマに関して、自力で調べられることを調べました。今と違って、ネットの無い時代なので、中学の参考書を調べてみたり、その時に自分ができる範囲のことを全てやり、新しいことを知れたり、見つけたりできるのにとてもワクワクしたのを覚えています。

私は毎回、書きたいことがいっぱいで、何枚も何枚も紙をもらって、時間も延長して書いていました。

そして、学年の最後には、それを一人一人の本に製本してくれました。

 

最近、ヒッポで、いろんなことに好奇心がどんどん膨らんでいくのですが、この小学校の時の体験と重なる気がしています。

N先生は、私達生徒の良いところを見つけるのがとても上手でした。一人一人の素敵なところをみんなに伝えてくれました。先生の伝えてくれた友達の素敵なところ、今でも覚えています。

 

自分で見つけること、自分から知りたいと思うこと、これは大事で、

自分で見つけた時の嬉しさ、自分でわかった時の嬉しさは、教えてもらった時とは全く違う嬉しさです。

 

ことばも、自然に属するものなので、私達は、周りの人との関係の中で、自ら見つけていけるものです。

見つける!の不思議に迫っていきたいなと思っています。

 

駅も多言語

電車がいっぱいのポスター、よく見ると、多言語で、Welcome! が書いてあるのに気づきました。

そういえば、A大、I大、TG大、NSJ大、と大学の最寄駅で、留学生もいっぱいいるし、カレー屋さんや刀削麺やさん、もあって、いろんな国の人が、駅を利用しています。

自分の国の言葉を見ると、きっとホッとするんじゃないかな。

 

日本語、英語の他に、スペイン語やイタリア語、ロシア語もあるけど、結構読めちゃうのが嬉しい!

文字は音が自分の中にあると読めちゃうものです。

 

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トルコのIちゃんと

メルハバ!

トルコ語の挨拶です。

今週のヒッポに、トルコのIちゃんが来てくれました。

Iちゃんは、交換留学生として、1年間外大に通っていて、あと2週間くらいで帰国です。

帰国前に来てくれて、嬉しいです。

Iちゃんのホスト家族のAさん家族と一緒に来てくれました。

トルコ🇹🇷といえば、

みんな、メルハバ!と挨拶!

私もオシュカリ!(Welcome!)と知ってる音を投げかけてみました。

Iちゃんは、自己紹介をトルコ語、英語、日本語と3カ国語でやってくれました。

Iちゃんの話してくれるトルコ語の音の中に知ってる音を見つけると、みんな大騒ぎ!

色鬼というゲームをしながら、トルコ語の色も教えてもらって、真似しながら遊びました。

楽しいひとときでした。

トルコのイスタンブール🇹🇷から来てるそうです。トルコ🇹🇷にもいつか行ってみたいなー💕

 

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部分と全体

Guten Morgen!

ライン輪読で、また新しい本を読み始めました。

「部分と全体」ハイゼンベルグ著 山崎和夫訳

です。

この本は、ヒッポファミリークラブのトラカレ(Transnational colledge of LEX)というミニカレッジが元気に活動していた時の課題図書でした。試験は無いのですが、唯一この本を読むことが課題でした。

ことばの自然習得と物理学、とこに共通点があるのかな?と思われますが、

ヒッポの創始者榊原さんは、

ことばと量子の世界、に同じがあると感じて、

ことばって、こういうものなんだ!ということを私達と一緒に考えていきたいと思って、この本を課題図書にしたのかなと思います。f:id:verano-natsu-sea:20200614090254j:image

 

 

これは、ハイゼンベルグが、仲間たちと討論しながら、近代物理学ができていく過程が描かれています。

翻訳をした山崎先生は、ハイゼンベルグのお弟子さんとして、ハイゼンベルグの元で研究活動をしていました。そして、ヒッポファミリークラブの研究協力者でもあるので、毎年2回、オープントラカレというメンバー向けの講座でお話をしてくれたので、私も何度も聞かかとができました。とても素敵な先生です。

私の「部分と全体」には、山崎先生のサインが2回もあります💕

山崎先生の話はまた後日。

 

はじめに、

エリザベートにこの書物をささげる

と書かれています。

 

序文は、湯川秀樹さんが書いています。

そして、最初に

科学は人間によってつくられるものでえります。これはもともと自明のことですが、簡単に忘れられてしまいがちです。

ということばから始まります。

 

そして、この時代の物理学者、プランク、ボーア、アインシュタインオイラー、他多くの人達が、討論に討論を重ねながら物理学を作っていく様子が書かれています。

物理学者たちは、1人でコツコツと研究をしているというイメージがありましたが、そうではなく、お互いに対話をしながら、作り上げていくというのに驚きました。

机に向かってでなく、山登りしながらとか、歩きながらとか、いつどんなところでも、日常的に物理的な討論をしている様子も描かれています。

 

私は、ずいぶん前、購入した当時から、よく持ち歩いて、開いてはいたのですが、なかなか1人で読むのは難しい本です。

今回はラインで、輪読をすることになり、またみんなと一緒に読めるのが嬉しいです。